白鳥と夫婦岩

 ある日の夕暮れ時、若い農夫が年老いた母と二人、仕事を終え、家路に向かっていました。この母は盲目のため、無理をして歩けません。農夫は切り株を見つけ、母親を少し休ませました。
 農夫は母が休んでいる間、考えました。「なんとか母の目が見えるようにと、薬師如来様に団子をそなえ、日参してお願いしているのに、いつになったら見えるようになるだろう」?。当時、田沢の薬師如来といえば目を治す神様で、どんな盲目であっても、団子をそなえ、100日もお参りすれば目が見えるようになる、と言われていました。
 次の日、農夫が物思いにふけっていると、どこからとなく美しい白鳥が飛んでいました。
その姿に見入っているとき、「どっ」という音とともに狩野川のせせらぎに落ちてゆきました。ゆるやかな流れにさえ逆らうことができず、もがけども流されるばかりでした。
 農夫は、瀬につかり、白鳥を抱き上げました。足に大きな傷を受けているのがわかった農夫は「このままでは死んでしまう。」と家に連れて帰り、懸命に傷の手当てをしました。
 農夫の心が通じたのでしょうか、不思議なもので生きる望みがほとんどなかったのが、三日目の朝には傷もすっかり治り、白鳥は昔の元気を取り戻しました。農夫は薬師如来のところで元気になった白鳥を飛び立たせてあげました。
 ある晩、農夫は母の目が見えるようになった夢を見ました。日参を始めてちょうど100日目のことでした。
 次の朝、本当に年老いた母親の目が見えるようになったのです。二人は早速薬師如来様にお礼参りに行きました。碑に見入っている二人は不思議な光景を見ました。
石が錦の五色の輝きをしているのです。そして、見る間にこの世の人とも思えない目鼻立ちのくっきりした長髪の美女が農夫の前にふっと現れました。
 この不思議な美女は、その後農夫のもとに嫁ぎました。農夫の幸せな結婚生活を見届けた母親は、数年後他界しました。残された夫婦は、昔と同じ百姓をして暮らしていました。
何一つ不自由なく仕事に励んでいた夫婦ですが、農夫は妻が田んぼへ出るときは、前に母の休んだ切り株のあたりを通るとき、足取りの重くなるのが気になっていました。
 仕事を終え、家路に向かっていたある日、せせらぎの見える切り株のところで「少し休んでいくか」と言いました。農夫は昔ここで傷ついた白鳥を助けたことがある、と妻に話をしたのです。見る見るうちに妻は顔色を悪くし、歩くことさえままならないほどになってしまいました。
 その晩、農夫は付きっ切りで妻の看病をしました。一晩中病みましたが、次の日が母親の四十九日ということもあったのでしょう、妻の病状も回復し、夫婦は世話になった薬師如来様にお参りに行きました。
 妻は、悲しそうな顔をして農夫に話しました。「私は、いつぞや助けていただいた白鳥にございます。あなたには大変お世話になりましたが、人間の子供を宿してはいけないことになっています。私の体にはあなたの子供が身ごもっています。」苦しそうにそれだけ言うと、錦の光を放ち、白鳥に姿を戻しました。
 ガーンとしている農夫の前を懸命に羽ばたいている白鳥、農夫は今までのことが夢であったかのごとく、その場に座り込んでしまいました。白鳥は飛び上がり、高い松の小枝にとまり、農夫に別れを告げました。高くたかく舞い上がり、農夫の視界から完全に消えると同時に、大きな地響きが聞こえました。
 農夫は、以前白鳥を助け上げた狩野川の方に目を移すと、何か様子が変でした。近くに行くと不思議なことに前に助けたその場所には、大きな岩がありました。妻が、大岩に姿を変えてしまった、ととっさに感じた農夫は、「待っていろ、すぐいくから」と狩野川に身を投じました。ふたたび大きな地響きが聞こえ、となりにもう一つの大きな
岩ができました。
 今では狩野川は何もなかったように清流となって流れています。この二つの岩は後に「夫婦岩」と言われるようになりました。夫婦岩は度重なる水害に耐え、いつまでも中むつまじく、狩野川にあります。