田沢の由来

 北野川、または狩野川の支流を昔から田沢川と呼んでいて、地区の名前も川の名前が基で「田沢」となったと言われています。
 地区内には「北野原」というところがありますが、昔京都の公家が伊豆に流れてこの地に住み着いたものとも言われています。
 田沢地区では氏神主神に竹を奉る習慣があり、このため昔は筍を食べたり、竹細工などはしなかったそうです。
 田沢の薬師如来は、十二支薬師と言い、供養の「だんご」を食べると、目の病気が直ると言われています。毎年1月11日と9月11日には大祭が行われ、9月は盛大に子供角力が行われていました。